仕事と成長

最近、体調がいいこともあって、仕事は忙しいけれど、目先の仕事だけではなくて、もう少し本質的長期的なことも考えている。
仕事の目的は、固い言葉で言えば「顧客満足」、かんたんに言えば「誰かによろこんでもらえること」だと思っている。私の今の仕事は会社のなかの間接部門だから、社内の人たちが「顧客」で、彼らの仕事の助けになることをして、よろこんでもらうことが目標である。
マルクスのいうところの「疎外」ということではないけれど、「顧客満足」に最適化することだけでは、長い目ではうまく仕事がまわって行かないと感じている。「顧客」のためだけに仕事をするのではなく、仕事を通じて自分も満足を得たり、成長したりすることも重要だと思う。長い目で見れば、そのことが「顧客満足」の向上にも繋がっていく。
プロジェクト・マネージャーをしていたころ、「自分のプロジェクト・チームには自分と同じことしかできない人は必要ない」と言っていた。いま思うと思い上がった言葉で赤面の至りだけれども、言いたかったことは、メンバーのそれぞれが自分の得意なスキルを発揮して、それを組み合わせてチームとして機能することが重要だ、ということである。プロジェクト・チームのなかで、私自身ができることは私がやるから、プロジェクト・メンバーはそれぞれ他の人ができないことをやって欲しいと言いたかった。
プロジェクト・マネージャーとしては、この方針は今でも正解だと思っている。プロジェクト・マネージャーの任務は、そのプロジェクトの成功で、メンバーの成長までは責任を負っていない。だから、いまそれぞれの人が持っているスキルを最大限に活用して、プロジェクトの成功のためにチームの最適化をするのが任務である。
しかし、ライン・マネージャーは、視点が違っている。プロジェクトの成功だけではなく、長期的な組織の成功も考えなければならないから、メンバーの成長を支援、促進することを考えなければならない。
自分の所属している部署に、周囲からも自分自身も「コミュニケーションが苦手」と思い、思われている人がいる。実際、私の上司もその人と仕事をするのがうまくできず、よく私に相談してくる。最近、その彼の仕事の責任者になって欲しいと言われた。私は「それは本来は〇〇さんの仕事ですからね」といいながらも、二人の関係を二人だけで好転させるのは難しそうだと思い、引き受けることにした。
はじめは、彼がコミュニケーションが苦手だったら、コミュニケーションの部分は最低限にして、その相手も私に限定して、作業的な部分に集中してもらおうかと思った。プロジェクト・リーダー的な発想だとそうなる。しかし、しばらくして、間違っているような気がしてきた。
彼は「コミュニケーションが苦手」と自分自身でも思い、周囲も思っているが、そもそもそれが間違っているように思うようになってきた。たしかに、打合せの場で積極的に発言して、自分の考えを周囲に理解してもらったり、説得したりするということはあまりしない。けれども、考えていなかったり、意見がないわけではない。長めのメールでじっくり意見交換すると、彼の考えていることはよくわかるし、彼の行動の背後にある理由がわかってきた。打合せでも、意識して彼の意見を求めるようにすると、徐々に意見を言ってくれるようになってきた。
社交性はあり、友だちもたくさんいて、明るい人だけれども、文書を書かせると要領を得ないという人もいる。その人も、ある意味「コミュニケーションが得意」なのだけれども、仕事の上では「コミュニケーションが苦手」である。おそらく、本人はそんなことはまったく考えていないだろうけれど。その彼は、確かに社交的な方ではないし、少々口下手なところはあるけれど、本質的な意味で「コミュニケーションが苦手」とは断言できないと思った。要は、マネージャーが彼にとって円滑にコミュニケーションをできる環境をいかに作り上げるかが問題だと思うようになった。
また、「コミュニケーションが苦手」というレッテル付けが、彼自身にとっても、周囲にとってもまったく良いところがないことも問題である。彼自身は、コミュニケーションが負担だと思っているようだ。しかし、仕事をする上、もちろん、生きて行く上でコミュニケーションを避けて通る訳にはいかないし、誰もがコミュニケーションは負担だと感じているのだと思う。実際、自分も人付き合いは悪い方だし、仕事の上では必要なコミュニケーションは取ろうと努力はしているけれど、正直いやになることも多い。
もし、彼を「コミュニケーションが苦手」というレッテルを信じて、なるべく彼をコミュニケーションから遠ざけると、仕事自体も円滑に進まないし、なにより、彼がコミュニケーションに関して成長する機会の芽を摘んでしまうことになる。そうすると、さらに「コミュニケーションが苦手」というレッテルを自分も周囲も信じて、実際に「コミュニケーションが苦手」になってしまうという悪循環に嵌り込んでしまう。これは、彼にとっても、周囲にとっても不幸なことである。
そこで、発想の転換をして、彼には彼の得意なやり方でのコミュニケーションの機会を積極的に設けて、コミュニケーションの成功体験を積ませるようにしようと思っている。いまのところは、彼と私の間でのコミュニケーションを中心として試しているけれど、徐々に他の人とのコミュニケーションにも広げていこうと思う。
前に書いたように、プロジェクト・リーダーとしては、それぞれの人に得意分野を割り当てて最適化を図ることは正解である。しかし、「得意分野」とは何か、ということは、よくよく考えてみる必要があると思う。周囲からの評価だけではなく、自分自身の評価も含めて、ほんとうなのか、潜在能力があるのではないのか、疑うことが重要である。安易にレッテルを信用すると、その人の成長を阻害することにもなる。
人を育てるということは難しいし、悩みも深い。まずは、本人以上にその人のことを理解することがスタートなのだと思う。それには、情熱も手間も労力もスキルも必要である。しかし、やるしかない。