捕鯨、漂流、近代世界システム
テレビをザッピングしていたら、NHK-BSで「最強の戦国武将は誰か」というテーマの番組をやっていた。せっかく「戦国時代」というおいしい時代を取り上げるのに、いいかげんこういう切り取り方をするのはやめればいいのに、と思ったのでチャンネルを変えた。
冬休みの課題図書の二冊目「鯨と捕鯨の文化史」をちょうど読み終えた。ここ数年、いや、十数年、捕鯨と漂流譚に興味をもってずっと追いかけている。この本は捕鯨について総括的にまとめた本で、ここパーツについては読んだことがある材料も多いけれど、捕鯨全体の見通しがついてよかった。さまざまに派生的な興味が湧いてきて、参考文献を眺めていると読みたい本がたくさんあって困ってしまう。
この本の冒頭に捕鯨、特に近代捕鯨について要約した一節があった。
近代捕鯨は、ウォーラーステインが「巨大な分水嶺」と呼んだ近代世界システム誕生の並行現象であり、近代世界のイデオロギーを最もよく体現する活動の一つと言ってよい。ここではまず、当時の航海とは一体どのような活動だったのかを概観しながら、アメリカ入植運動や戦国時代の日本に経済・社会・文化的な衝撃を与えた南蛮人の渡来と、近代捕鯨とが、実は同じ現象だったということの意味を考えることにする。
ここまで明確な問題意識までは昇華していなかったけれど、私が捕鯨や漂流に興味を持ち続けている理由をわかりやすくまとめてくれている。
大航海時代にはじまり、ヨーロッパが世界に進出しながら「近代世界システム」が形成されていく。西回りに、喜望峰を超え、インド、マラッカ海峡を経て、中国、そして日本に到達したのが戦国時代である。東回りで、アメリカ大陸に植民し、ケープ・ホーンを超え、ガラパゴス諸島、ハワイ諸島を経て日本に到達したのが幕末である。後者の東回りの進出の先陣を切っていたのが近代捕鯨であり、日本沖の捕鯨漁場「ジャパングラウンド」の発見が明治維新へと結びつく西洋社会と日本の二番目の遭遇である。
このような視点からながめると、戦国時代を「最強の戦国武将は誰か」というテーマで眺めるのは、この時代のおもしろさをきわめて矮小化していると思える。
それまでは日本国内は地域的な勢力が群雄割拠していたが、西洋との接触以降、天下統一に向かう。それはなぜか、また、西洋と接触した他の社会ではなにがおこったのか比較してみよう。
ジャレド・ダイアモンドは「銃・病原菌・鉄」において、西洋社会が新大陸を征服できた理由として銃と病原菌の存在を挙げている。たしかにその二つの存在は重要だが、すべての社会において同じように西洋社会が地域社会を征服している訳ではない。その典型的な事例の一つが戦国時代の日本である。なぜ、日本では西洋社会に征服されず、逆に日本の統一が進んだのだろうか。
ハワイ諸島では、カメハメハ一世が19世紀初頭に統一を成し遂げ、ハワイ王国を建国している。これは、1778年のジェームズ・クックによるハワイ(サンドイッチ)諸島の「発見」が背景にある。カメハメハ一世は西洋から火器を輸入し、ヨーロッパ人を軍事顧問として軍事力を強化する。そして、カメハメハ二世はキリスト教の洗礼を受ける。
おそらく、南蛮人渡来以降、戦国時代が天下統一に向けて進んだのは、鉄砲の伝来によって戦争の形態が大きく変化したことが影響を与えたに違いない。また、ハワイ王国がキリスト教化するのは、九州を中心としたキリシタン大名の戦略と重なっている。
ハワイ王国は、19世紀末にアメリカの準州となり独立を失う。日本では、鉄砲が国産化され、鉄砲を使った戦術も各大名のあいだですばやく広がっていくところが大きく異なっており、西洋社会による征服が実現しなかった大きな理由の一つだと思う。しかし、キリシタン大名が天下統一を成し遂げたとしたら、それ以降の日本の歴史は違ったものになっていただろう。
また、当時日本が戦国時代だったことも征服されなかったことの理由の一つである。アステカ帝国やインカ帝国は「銃」によって武装された少数のスペイン兵士によって征服される。しかし、北アメリカの広大な土地は西洋社会の進出以降200年以上ものあいだ、「インディアン」の土地であり続ける。これは、アステカ帝国やインカ帝国が中央集権的であったからこそ、その皇帝を倒すことで少数のスペイン兵士が征服することができた。一方、部族にわかれていた「インディアン」は少数の兵士では征服できない。そして、交易を通じて「インディアン」も火器を手に入れて武装することになる。
日本が西洋社会に征服されなかったもう一つの理由として、西回りの進出が極東に達した時には、ポルトガルとスペインの衰退が始まっていたことがある。徳川幕府による「鎖国」は、正確に言えば「幕府による交易の独占」だろう。ポルトガル、スペインの衰退を見越した徳川幕府が、新興国であるオランダをパートナーに選び、それまで各大名が独自に行なっていた交易(「キリシタン大名化」がその典型例)をコントロールしたということだと思う。オランダと徳川幕府の関係が安定していたときは徳川幕府も安定していたが、オランダの優位性が崩れることによって徳川幕府の安定も失われていく。
幕末の日本をめぐり、西洋社会は三つのルートからアクセスしてきていた。イギリスとフランスは、ポルトガルが先鞭をつけた西回りのルートで。ロシアはシベリアを経て北海道を目指して南下を進めていた。そして、アメリカは捕鯨によって太平洋を超えジャパン・グラウンドにたどり着いていた。
19世紀になるとジョン・マン(中浜万次郎)を代表として、日本の漂流者がアメリカの捕鯨船に救出される事例が急速に増える。大黒屋光太夫の漂流譚は、ロシアのシベリア経由の進出との接触である。結局、明治維新以降現代に至るまでの日本と西洋社会の相克はロシアとアメリカの二つの世界進出ルートをめぐる争いである。その意味で、漂流譚はまさにペリー来航に先立つ第二の西洋社会との接触の物語であり、現代にいたるまでの国際社会と日本の関係の先触れである。
あ、世界のなかの日本の歴史より、最強の戦国武将の話の方が興味深かったでしょうか?
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