読書

美しく残酷な小さな世界

小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」を読み終わった。 今回のテーマはチェスである。小川洋子はいつものように、美しく残酷で、小さいけれど完璧な世界を創造している。 その完璧な世界は深海のようで、読書体験はダイビングのようだ。深海にしばし潜り、いま、…

悲しきナンビクワラ族

昨日の日記「人間の優しさの、最も感動的で最も真実な表現である何か」(id:yagian:20100828:1282998786)の続きです。まず、こちらをお読みください。 レヴィ=ストロースは、ほとんど何も持たないナンビクワラ族に人間の真の愛情の姿を見いだしている。 しか…

人間の優しさの、最も感動的で最も真実な表現である何か

大学時代、文化人類学科に通っていた。 落ちこぼれ学生だったけれど、文化人類学からずいぶん影響を受けた。 いちばん影響を受けた考え方をひと言で言うと「自分からはどんなに奇妙に見える文化、社会、個人も、それぞれ固有の論理があり、固有の価値がある…

社会と個性

山本七平「現人神の創作者たち」を読んでいる。 日本の現代の思想状況を批評しながら、尊王思想の源流を江戸時代にたどった本である。 そのなかに、山崎闇斎の高弟であった佐藤直方の言葉を引用した部分がある。その言葉が、実に身も蓋もないものなのである。…

植民地的な方法の限界

レヴィ=ストロース「悲しき熱帯」に、レヴィ=ストロースが設立されて間もないサン・パブロ大学の教授として赴任したときの学生たちの印象について書いている一節がある。 私たちの学生は、何でも知りたがっていた。だが、どの領域であろうと、最も新しい理…

インチキをインチキと言うこと

小谷野敦「日本文化論のインチキ」を読んだ。 小谷野敦は、博聞強記だと思うし、書いていることもおおむね的を射ていると思うので、彼の本はたまに手に取ることがある。ウェブログ(http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/)を読むと、粘着質の人で個人的にはお近…

マンガは腰痛の治癒に効果があるのか

ウェブログにはまとまりのある話を書かなければと気持ちが働くから、書きっぱなしでいいツイッターに比べると、書き出すまでの敷居がどうしても高い。だから、最近は、もっぱらツイッターに書いていた。 けれど、ツイッターに書いていると、やはり140文字の…

Twitter読書術

つれあいは、人に教える仕事をしているけれど、「授業では先生がいちばん勉強になる」と言っている。 本を読んで知識をインプットした後、そのままにせず、アウトプットすることで自分なりの理解が深まる。 身近な人に本の感想を話すこともいいアウトプット…

人文系には「学問」は存在するのか

渡辺浩「東アジアの王権と思想」を読み終わった。 この本は、江戸時代の政治思想について、中国、朝鮮、日本の三か国を比較しながら論じている。同じ儒学、朱子学といっても、その受容のあり方が日本と中国朝鮮とは異なっていることは漠然と知っていたけれど…

入門書の選び方

仲正昌樹「集中講義!アメリカ現代思想 リベラリズムの冒険」を読み終わった。 実は、この本を読むのは二回目である。最初に読んだ時には、いろいろな政治哲学者が羅列して紹介されているけれど、うまくポイントがつかめないまま漫然と読み、内容が頭に残ら…

弁証法的対話ーマイケル・サンデルの思想と実践ー

毎週日曜日の夕方、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の政治哲学の講義をテレビ番組にした「ハーバード白熱教室」(http://www.nhk.or.jp/harvard/)をつれあいと一緒に楽しみにしていた。 サンデル教授が抽象的な議論や過去の哲学者の思想を一方的に説…

「日本政治思想史研究」近代主義者としての丸山眞男

丸山眞男「日本政治思想史研究」を読み終わった。 好き嫌いでいえば、好きな本と思う。なぜ好きなのか、その理由を考えてみたい。 この本を読んでいちばん印象に残ったことは、丸山眞男が近代国民国家を支持している近代主義者ということである。丸山眞男の…

本居宣長をめぐってー丸山眞男と小林秀雄ー

丸山眞男「日本政治思想史研究」を読んでいる。その感想をツイートしたら、@finalventさんとこんなやりとりになった。 @finalvent: で、小林秀雄が壮大なちゃぶ台返し。“@yagian: 「日本政治思想史研究」は、論理の展開と構成の見通しがよくて、紆余曲折しな…

現代日本の政治思想

ハーバード大学サンデル教授の政治哲学の講義をTV番組にした「ハーバード白熱教室」(http://www.nhk.or.jp/harvard/)を見ていると、身近で具体的な問題が政治哲学と深いかかわりがあることがわかる。それでは、現代日本の政治において、政治哲学はどのような…

荻生徂徠から本居宣長への距離

丸山眞男「日本政治思想史研究」にも、小林秀雄「本居宣長」にも、荻生徂徠の本居宣長への影響が語られている。 荻生徂徠の詩に関する言葉に、ほとんど本居宣長が書いたのではないかと思われるようなものがあった。「日本政治思想史研究」から引用してみたい…

原典が先か入門書が先か

このところ、わからない、わからないと、うんうんうなりながらフーコーの「臨床医学の誕生」「監獄の誕生」「言葉と物」を読んだ。 原典を読むのも少々疲れたこともあって、中山元「フーコー入門」を手に取った。 自分が読んだ本を解説した部分を読むと、頭…

ミシェル・フーコー「言葉と物」の長い旅路

ミシェル・フーコー「言葉と物」を二週間かけてようやく読了した。長い旅路だった。さすがに達成感がある。 「臨床医学の誕生」「監獄の誕生」(id:yagian:20100523)も難解だと思ったけれど、「言葉と物」はより抽象的でさらに難解だった。さっぱり理解できな…

本居宣長の近代性(3)

子安宣邦「本居宣長」を読み終わった。 子安宣邦によると、現代においては、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教に対し、神道の多神教としての性格が強調されるという。 神道における「多神」を語る現代の神道学者の言説をたどっていくと、それが…

本居宣長の近代性(2)

子安宣邦「本居宣長とは誰か」を読み終わった。 昨日のウェブログ(id:yagian:20100525)で、本居宣長の物語論に見られる近代性について書いた。同じように、「古事記伝」も、実証的な方法で行われており、近代的な研究の先駆であるとの指摘がある。「本居宣長…

本居宣長の近代性

いま、子安宣邦「本居宣長とは誰か」を読んでいる。 この前は、ミッシェル・フーコー「監獄の誕生」を読んでいた(id:yagian:20100523)。あれだけ難解な本を読んだ後だと、新書が実に読みやすく、わかりやすく感じられる。たまにはおもいきり難解な本を読んで…

ミッシェル・フーコー「監獄の誕生」

ミッシェル・フーコー「監獄の誕生」を読んだ。 フーコーは、大学時代に何冊か読んだことがあるけれど、おもしろいことを書いているような気がするけれど、よく理解できなかった記憶がある。今回もよく理解できない部分が多かったけれど、どこか心惹かれると…

江戸時代の知の考古学

最近、すっかりTwitter(@yagian http://twitter.com/yagian)につぶやくことが中心になってしまい、ウェブログの方をお留守にしてしまっていた。 ウェブログを書く時には、ある程度まとまりもあり、オチもつく文章を書こうと思うため、書き始めるまでにハード…

日本文化の家元としての天皇

小谷野敦「天皇制批判の常識」(洋泉社新書)を読んだ。 そのなかに、昔から自分が考えていたこととまったく同じ考えが書かれていたので驚いた。 ………天皇制を廃止するといっても、天皇・皇族を国外へ追放するとか、いわんや処刑するとか、そういうことを考え…

幕末維新を越えて

田安徳川家十一代目当主という徳川宗英が書いた「徳川家が見た幕末維新」(文春新書)を読んだ。 幕末維新を第三者として研究しているのではなく、自分の身内のできごととして書いているところが面白かった。 明治維新によって末端の武士はいわば失職して苦…

東京の田舎者

樋口毅宏「さらば雑司ヶ谷」(新潮社)を読んだ。雑司が谷在住の私としては、この題名を見たら読まないわけにはいかない。 作者は雑司が谷出身というだけあって、雑司が谷の細かいネタがぎっしり詰まっていて土地勘のある私にとっては面白かった。雑司が谷に…

中国行きのスロウ・ボート

「回転木馬のデッドヒート」(id:yagian:20090729)に続いて、村上春樹の短編集「中国行きのスロウ・ボート」を読んだ。村上春樹の第一短編集である。 「回転木馬のデッドヒート」を読んだときには、とにかく、その小説巧者ぶりが印象に残ったが、この「中国行…

小説巧者

村上春樹の長編はすべて読んでいるが、短編集はまだ読んでいないものもある。「1Q84」を読んだ勢いで、短編集をまとめて3冊ほど購入した。 「回転木馬のデッド・ヒート」を、会社の行き帰りと昼休みであっという間に読んでしまった。村上春樹は小説巧者…

マスオさんの孤独

なにかのクイズ番組で、サザエさんの苗字はという問題があった。磯野だったっけ、と思ったが、正解は、フグ田だった。 マスオさんは入婿かと思っていたけれど、単にサザエさんの実家に同居しているだけだったことを知った。考えてみれば、磯野家にはカツオく…

鏡子夫人悪妻説

夏目漱石の孫である松岡陽子マックレイン「漱石夫妻 愛のかたち」を読んだ。 漱石の妻、鏡子夫人には、悪妻説がある。この本は、孫の目から、鏡子夫人は悪妻ではなかったということを主張した本である。 私自身、漱石の作品や鏡子夫人が漱石について回想した…

歌舞伎とオタクと日本文化

昨日、谷崎潤一郎「蓼食う虫」を読んでいると書いた。それと平行して、図書館で借りてきた「円地文子全集第十五巻」で円地文子の随筆を読んでいる。文庫本の「蓼食う虫」は通勤で、単行本の「円地文子全集」はベッドサイドで読んでいる。 さて、その「円地文…